夏瀬佐知子の小説のつもり日記 短歌を詠んでいます。小説も少し書きます。夏瀬佐知子の日記です。
進行性の病気とヒュー・グラントと

まーぶるが昨日の夕方、前回より38日ぶりにてんかんの発作を起こした。
そろそろ切れる薬をもらいに行かなければならない時期でもあったので、ついでに診察もしてもらおうと思い、一緒に病院へ出かけた。ふぅも連れて。

薬が切れたわけではないのに発作を起こしたのは、初めてだった。
「薬を飲んでいても発作を起こす子もいます。進行性の病気ですからね。頻度によって、薬の量を増やさなければならないので、今後も発作の日を記録しておいてください。今回はまだ増やしませんよ。瞳孔も後ろ脚の筋肉も異常なしですから」と先生は言った。

進行性の病気。
まばたきが変になったり、足元がおぼつかなくなったりするのか。この先。

ふぅのアレルギーは、見た目にはないに等しい。が、一人お留守番をさせるのも何なので、一緒に連れて行った。
「指の間が少し赤いですね。塗り薬を出しましょう。お散歩のあと手足を洗ったら指の間も乾いた布で拭いてくださいね。足の裏だけじゃなくて指の間もね」と先生は言った。

帰宅後、なんだかぐったりしてしまって、レンタルDVDを見た。
『ラブソングができるまで』。衰え始めた美貌を惜しげもなく堂々とさらして笑わせてくれるヒュー・グラントが愛しかった。楽しい映画で、BGMがわりに3度も再生してしまった。

通信短歌1月号を完成させて、投函。今月の参加者は私を含めて7名だった。


2008年01月31日(木) No.321 (日記)


It's a small world!

幼友達のK子ちゃんと、彼女の元同僚さんと夕食。
お見合いだった。
会うまではドキドキしていたのだけれど、会ってみれば飾らないかたで。

It's a small world!

若かりし頃、一緒にお芝居をしていたMさんの妹さんが、病気で亡くなった奥様! Mさんが義理の兄! 本当にビックリ! K子ちゃんも驚いていた。

来月、Mさんのお芝居を一緒に観に行く約束をしてしまいました。
ここへきてMさんと再びめぐり合うとは。本当にビックリ。

2008年01月28日(月) No.320 (日記)


きっと課題

ワンたちと散歩から戻ると、家の前に甥がいた。
お母さん(義姉)は兄の再転院先に行っているという。

甥が昼食をまだとっていないというので、ご飯(親子丼)を作って一緒に食べた。ご飯茶碗5杯は優に食べたと思う。恐るべし今年17歳男子。
お母さんがなかなか来ないので電話をしてみると、お友達とランチだという。

おばさんは出かけるはずだった。出かけられた。
「ごめんね、出かけるところなの」と言えなかったので、出かけられなかった。
「今度は散歩の時間に来てね〜」と甥を見送った。

そろそろ行くはずだった朗読会も終わろうという時間に、スーパーで幼馴染のE美ちゃんに声を掛けられた。旦那さまと一緒だった。
土曜日。一緒にお買いもの。いいなぁ。



2008年01月26日(土) No.319 (日記)


オーラソーマ覚書き

今年も「オーラソーマ」。

わたしのイヤー・カラーはレッドとヴァイオレット。
赤が来ました。
さくさく動いても大丈夫。リラックスして。

世の中の今年の色はグリーン。抱きしめて。パノラマの視野で。

未来は今年の色を混ぜ合わせた色。シェイクシェイク。深呼吸。

2008年01月25日(金) No.318 (日記)


風の強い日

冷たい風の強い日。
ほっぺと耳が痛いくらいだった。
ワンたちもさすがに耳を横にしてた。風のうなる音が怖かったみたい。

両親が3泊4日の旅行に出かけた。
このために母は風邪をこじらせないように頑張ったのか。そうか。
「新幹線ミステリー温泉ツアー」ですって。
何かあったらここに電話して、と置いて行った旅行会社の紙に書いてあった。
こんなパック旅行があるんですね。
兄も無事に転院したし、ひと安心で、ゆっくりしてきたくなったのでしょう。
いいじゃないですか。仲のおよろしいことで。ってひがんでるみたい?

2008年01月24日(木) No.317 (日記)


雪の日の間違い

雪が降りましたね。寒いですね。風邪、引かないでくださいね。

またまたポカをしでかしました。今年はポカ当たり年かも。

こんなお天気だし、きっと参加者は少ないに違いない偉いなわたし、と出かけた歌評会。
何をおっしゃるウサギさん。16名もぞくぞくと傘をたたみながら笑顔で。
そして、わたしだけタイトルが違っていた。
1作前の歌集でした。それは夏にもう済んでいた(初めて会に参加する前?)。
事前になぜ情報を得ようとしないのでしょうわたし。思い込みにもほどがある。
反省しなければ。お話しなければ。そのぐらいは。

帰宅すると、2階のトイレがタンクと一体型の新品になっていました。
嬉しいけど。お金かかるし。寒いし。

2008年01月23日(水) No.316 (日記)


大寒に落ちる

無駄に広くて寒い玄関の天井に穴が開いた。
電灯の横で良かった。電灯が落ちてこなくて良かった。
下から眺めると、わたしの拳大の大きさに見える。
 
工務店に電話をして見てもらったら、2階のトイレからの水漏れでこうなったらしい。
床暖房の工事のときから開いていたのかなぁ。あんまり上を見ないからなぁ。
明日、また大工さんが入る。
また、午前8時10分にきっと来る。

なんてお金のかかる家なんだ!
 
引っ越してひと月も過ぎたのに、ちっとも落ち着けない。
歌集も読めない。
働きにも出られない。
ちょっと、落ちた日だった。

2008年01月21日(月) No.315 (日記)


予期せぬ収入は嬉しい

結社「未来短歌会」の新年会へ。
まーぶる(ミニチュアダックス)のてんかんの薬が12時間置きと決まっているので、ちょっと遅刻する、とは思っていたが、30分も遅刻してしまった。
「区間準急」「急行」「区間快速」「快速」がよく分かっていないのだ。
それと線の選択。調べて行ったのに、違う線の乗り換えをしてしまった。ああ。
それに加えて、参加を申し込んでいなかった!? 受付の机の上に名札がなくて気がついた。ああ。ポカ・ポカ。
それなのに「割り付け」のお手伝いの心付けと交通費をいただいてしまった。
犬たちのために早退したのに。申し訳ない。
会が押したので、また早退したので、今年の新年歌評はなし。残念。

2008年01月20日(日) No.314 (日記)


床暖房、んーどうでしょう

18日(金)
今朝も午前8時10分に大工さんは来た。
「ちりとてちん」を見ながら珈琲を飲みたいのに、テレビは例の寒い玄関の上がりかまちというか踊り場というのかに、電源を切られて1番に今日も運ばれてしまった。
母が来てくれたので、犬たちと散歩へ。
お昼前、義姉を拾って、車で兄の病院へ。
傷口がまだ痛いのだとボヤいていたが、前髪を立たせたりして若返っていた。
先生いわく「まっすぐ切る傷より斜めに切る傷のほうが痛い」らしい。「肋骨が完全にくっつくのは3か月。そのくらいまで痛みを訴える人もいる」らしい。「しゃがれ声が治るのもやっぱり3か月。1年くらい治らない人もいる」らしい。
しかしこのまま順調にいけば(透析は欠かせないが)、来週の頭には転院らしい。
午後5時半、帰宅。
ガスの設定はちょうど終わるところだった。が、大工さんの仕事がまだ終わらない。キッチンの横の変なくぼみに食品棚を作ってくれと頼んだからだ。
それから1時間後に大工さんたちは帰った。
さあガスパッチョ、どうだろう。
静かだし風も来ないからいい感じなのだが、結露のない我が家の窓のそばは、やっぱり寒い。じっとしている分には快適なのだけれど……。
んーもう少し体感してみないと何とも言えない。


19日(土)
珈琲を飲みながら朝の連続テレビ小説を見ることが出来た。笑った。
エアコンをつけてしまった。とりあえず部屋を暖めて、ガスパッチョだけにするのはそれからという感じだ。
パンクを直した自転車で駅へ。駐輪場代、\150 だった。浅草は、\100 だったのに。
結社誌の割り付けのお手伝いへ。
たくさん人が集まった日だった。
またまたひと足お先に失礼させていただいた。
午後5時半、帰宅(途中スーパーで買い物をしてこの時間)。
父がいてくれた。エアコンにホットカーペットで、相撲を見ていた。床暖房にしてないの? と聞くと、炬燵のここだけだから、という答え。

2008年01月19日(土) No.313 (日記)


鼻水がまた止まらない

15日(火)。
E子さんのお誘いで、ゆりかもめ線「船の科学館」駅へ。
日本科学未来館「地下展〜空想と科学がもたらす闇の冒険」のチケットをいただいたのでご一緒しませんか? と誘われたのだ。
ゆりかもめ線。初めてだった。
お台場へは、思えば船か車でしか行ったことがなかったのだった。
子供の頃に思い描いていた、もしかしたら絵にも描いていた、未来都市そのままの風景を電車から眺めて、ちょっと楽しかった。
その気持ちのまま、未来館に向かって、マンホールを下りて行くはずだった。
しかし。「休館日」だった。
E子さんが「え〜でもチケットにそんなこと書いて……ありました〜」と平謝り。
「いえいえ久しぶりにE子さんにお会いできただけで充分ですから」と私は言ったが、本当は、とてもしっかりしたE子さんでもわたしのようなポカをするのだということを知って、嬉しかったのだった。


16日(水)。
床暖房の工事の日。
光熱費がどうも都内より高いみたいなのだけれど(電気・ガス・水道ぜんぶ)、あまりの寒さに、ガスの床暖房を居間に取り付けることにしたのだ。
午前9時から始めます、と言っていたのに、来ない。
10時過ぎに電話があり、午後からになると言う。
いざ始まると、居間のものを他の部屋に移して、大変大変。
しかも庭に面した窓を開け放したまま作業をするので、寒い寒い。
ワンたちと居間の隣りの暖房ガンガンの洋間に閉じこもる。
夕方、出かけるわたしのかわりに母が来てくれたが、今の今まで寝てましたというような寝ぐせのまま。風邪を引いてしまったらしい。ん〜寒いものね。
でも今日の明治学院の公開講座は休みたくない。2007年度最後の日だから。
大丈夫だという母に甘えて出かけてしまった。
自信のなかった作品が、褒められた〜。どうも自信のない作品のほうが褒められるみたいだ。ということは、やっぱり自分でしっかりわかっていないということだ。駄目じゃん。
「スポーツ」がテーマの他のかたの作品は良かったな〜。面白かった。
講座は今期もあるということが判明したので、終了後のお楽しみはパスして、泣く泣く帰った。
居間は、テレビとホットカーペットがあるだけ。銀色と青が光る床(それが床暖房の元らしい)と絨毯が剥ぎ取られて剥き出しになった床の上に。


そして今日。
母は午後からだと言っていたのに、午前8時10分に工事の人たちは来た。
寒い。窓を閉めて作業するわけにはいかないのかな。
昼食後、風邪薬を飲んだ。鼻水がまた止まらないのだ。

2008年01月17日(木) No.312 (日記)


ふぅの鼻

寒い。玄関が特に寒い。
ここを通ってトイレに行かなければならないのが辛い。
お風呂もここを通らなければならないのでもっと辛い。ああ寒い。

居間の横の洋間でこれを書いている。
パソコンを置いた机は西の窓を向いている。
ベッドはその後ろ、南側の窓に沿って置いてある。
東側が居間に面していて、巾3センチの障子戸2枚で仕切られている。
ふぅは、その巾3センチの障子戸を2枚、計6センチをその鼻づらで開けてしまう!
そしていつの間にか私のベッドに潜り込んで寝ている。
まーぶるもしっかり私のベッドに潜り込んで寝ている。
恐るべし! ふぅの鼻づらの力!

一緒に眠りたくなるが、母は今、明治学院の宿題を仕上げているところなのだ。お願いだから定位置のソファの上かハウスの中の自分のベッドで眠っていておくれ。寒いだろうけど。

2008年01月14日(月) No.311 (日記)


頬杖の先(1)

・いつまでも夏の長月(ながつき)日本の秋は短くなりにけるかも

・徒然を慰めるため頬杖を夜のしじまに音たてて突く

・もの想うそばからもれるためいきの先に三日月今夜は赤い

・その口の「また会いましょう」の形をまだ忘れない 旅に出たのに

・旅の僧をかくまう鐘が現れてわれは龍のごとき大蛇になる

・嘘つきは火あぶりですととぐろ巻き龍頭(りゅうず)くわえて尾をもて叩き

・安珍をとり殺すのだ自らは入水ののちに生まれ変わろう

・安珍は熊野権現清姫は観音菩薩の化身と聞いて

・人知れず川の底にて僧を待つ観音菩薩は水中花かも



*『未来』1月号に掲載された歌。

 去年の9月に作った歌です。
 パソコンを前に頬杖をつくと、ため息が思わずこぼれて、「あぁ、まだわだかまってるのねぇ」と、ため息の理由(わけ)を考えた。
 そしていつもの通り、「仕方がない、また恨み節でいきましょう(個人的な歌のジャンル分け。今年は恋の歌を詠みたいものです)」と、生まれたのでした。
 この歌を作るちょっと前に、BSで『近代能楽集』の舞台中継を観ていたので、三島由紀夫の戯曲集を読みなおして、『道成寺(この1月号)』、『卒塔婆小町(2月号)』、『葵上(3月号)』に化身してしまう歌を作ることが出来たのでした。
 でも、新年号にふさわしくなかったですね。と活字になって反省。しかし後の祭りでございます。このピントのズレがまだまだ今のわたくしなのでございましょう(と受け入れてみる。皆さまにも受け入れられますように)。

2008年01月11日(金) No.310 (小説・短歌・詩)


犬の日

徒歩20分の、まーぶるとふぅと目が合ってわたしの子にしたペット・ショップへシャンプー・セットに行く。
4年ぶり? いつもまーぶるを洗ってくれたお母さんはいなくて、娘さんと助手の若い女の子がいるだけだった。

夕方からは、ふぅを母に見てもらって、徒歩10分の動物病院へまーぶるを連れて行く。
散歩中に見つけた病院だったが、父が昔、飼い犬のジュンを連れていっていた病院だった。
母の気功体操のお仲間に教えてもらった病院は遠いので、車じゃないと行けない距離のほうではなく、こっちに通ってみることにしたのだ。
待合室のレイアウトとか、あまり混んでいないところか(人気がないのかとちょっと不安ではあるけれどわりとすぐ診てもらえるのはありがたい)、気に入った。

お見立ては前の病院と同じ。前の病院でもらっていた薬を継続して飲むしか手はない。
4か月か半年ごとに血液検査をして肝障害の有無を調べて、心臓の肥大も年齢とともに診ていかなければならない、ということだった。

2008年01月08日(火) No.309 (日記)


男手(おとこで)になりつつある

風邪薬で鼻水は止まった。
鼻の奥から咽喉にかけてひりひり感もあったので、今日は風邪でグロッキー(死語?)かと思いきや、大丈夫。美味しいものを過去2日なにせたいらげていますからね。煙草も吸っていませんからね、抵抗力があったのでしょう。

というわけで、犬たちの散歩のあと、両親を車に乗せてシマチューへ買物の手伝いに。
5色の小石2袋とか(ギックリ腰に気をつけました)、木の柵とか、もろもろを購入後、車まで運ぶ。すっかり男手になりつつあります、わたし。

午後は動物病院へ行く予定だったが、雨が降ってきたので明日にした。
まだ前の病院から送ってもらったまーぶるの薬もあるし。

ケータイの説明書を読んで、なぜ受信できなかったか、が分かった。
メモリーがいっぱいで入らなかったから。過去のものを消さないと、新しいものが入らない!?
自然に過去のものから消えて行くものと思い込んでいたので、びっくり。
そうなのか。許容量があったのか。当たり前?

2008年01月07日(月) No.308 (日記)


ケイタイがおかしいいやわたしがおかしい

今日は幼友達との新年会ランチのはずだった。
が、メールがなかったので、てっきりなしになったのだと思い込んでいた。
と、朝、幼友達の一人から電話。
わたしの出した年賀状が昨日届いて、それに新しい固定電話の番号が書いてあったので電話をくれたのだという。
彼女と新年の挨拶のあと話しているうちに、どうも今日のランチは中止というわけではないらしいことに気づいた。
「え、メール、届いてないの? あたしは行けないって27日に送ったメールも、もしかして届いてないの?」
「え、届いてないよ」

すぐにもう一人のランチに来れる幼友達から電話があった。
新年の挨拶のあと、Mちゃんからメール行ってなかった? 暮れに送ったあたしのメールも届いてない? えーっ、さっちゃん、それはさっちゃんのケイタイがおかしいよ!

わたしのケイタイが確かにおかしかったのだった。
幼友達4人でランチ場所へ向かっているときに見てもらったら、送信できても先月の22日以来受信されていないことがわかったのだ。
2週間もメールがないことを変だと思わないわたしが一番変だと笑われてしまった。
MちゃんもKちゃんも2度ずつぐらいメールを送ってくれているらしい。その返事が来ないので、変だなぁと思っていたらしい。
あらあら他にも失礼している人がいるかしら。とケイタイをMちゃんとEちゃんに見てもらったのだけれど、理由は分からずじまい。
ケイタイショップにすぐ行って、とのこと。

今日のランチもすべてたいらげた。確実に2キロは太っているだろう。

しかし鼻水が止まらない。
今朝からずっと止まらない。いつもなら、起きて体が温まれば止まるのに、いつまでたっても止まらない。
風邪を引いてしまったのか。昨日のお店、暑いくらいだったからな。今日のお店も暑いしな。それに引き換え家は寒いしな。

2008年01月06日(日) No.307 (日記)


滑り込みセーフな年?

歌会&新年会。
松の内にもかかわらず、20名が集う(うち男性3人)。
新居から駅まで向かう道の三分の一地点で、自転車がガタガタ言い出す。
このガタガタ感には覚えがあった。パンクである。去年の夏、修繕したばかりなのに〜。
自転車を置きに自宅へガタガタのまま乗って帰り、徒歩で今度は駅に向かい、そんなロスにもかかわらず、15分ちょっとの遅刻で済んだ。
今年の歌の前途は多難か? と思わないでもなかったが、会はわたしが着いてから始まったので、滑り込みセーフな年、と思いたい。思わせていただきたい。
いつもより30分早く歌会を終え、新年会の会場へ、タクシーに分乗して出かけた。
高校の同窓生とランチをとったことのあるお店だった。
ディナーは初めて。出された料理はすべてたいらげた。胃がおおきくなっている気がする。
皆さんの前で述べた今年の抱負。
『自分の作品に対していただく評を、自覚・自認・分析できるような客観性・自意識を持ちたいです』。

2008年01月05日(土) No.306 (日記)


迎春

初春のお喜びを申し上げます。

こんなに寒いのに春なんですよね。すてき。
浅草で見る富士山より、春日部で見る富士山のほうが大きかった(当たり前?)。

素晴らしい回復力を見せつけて、今日の兄は、体のどこにも管がありませんでした。
もう咽喉に開けた穴からではなく、口から栄養をとっているのだそうな。
左の肺が手術でちょっとしぼんでしまったので声が出にくい、ということを本人は気にしていましたが、肺活量を増やすためにはたくさん喋ったほうがいいのだそうで、しわがれたドスの効いた声で、けっこう喋りました。凄い凄い。
しかも、病室の外の廊下をエレベーターまで一緒に歩いたのですから。凄い凄い。
50代は、まだまだ行けますね。

今年もよろしくお願いいたします。

2008年01月04日(金) No.305 (日記)